2009年07月20日

小松さんへ

このリレーエッセイをやろうって決めて、じゃぁタイトルをどうしようかと考えた時に、僕らはいつもどんなことを話題にしてるんだろう(話題にしたがっているんだろう)、きっとそれがタイトルになるんじゃないのかって思った。

「もっと世界がこうあったらいいんだよね」

いつもこれがベースにある話ばかりしているような気がする。
「おそらく何も生まれない、何もわからない」、って小松さんは言うけれど、僕はこうなったらいいんじゃないかなぁっていうのはあって、でもそれはきっとそうなると思うんだよね。なぜならそう思っているから。
簡単なことだとは思うんだけど、思い続けることは大事ですよ。って自分に言い続けたいんです。

その為の右足(左足を)を僕たちは一歩、こうして踏み出しているんだしね。

数日前に偶然にネット上に友人を発見して、これはこれで驚いたんですけど。
で、彼は今何をやっているのかというと、牛の爪を切る仕事、削蹄師という仕事を独立して始めたらしいんです。話はさらに進むんだけど、その削蹄師の勉強中に出会った獣医さんが居て、リンクが貼ってあったんですね。いろいろ見ているとおそらく僕らぐらいの年齢らしくて、どうやって僕たちが勉強したり研究したり最新の動物の情報なんかを飼い主や畜主の方へ伝えられるかってことに注力していて。勉強会をもって、それがなんとワークショップ形式で、しかもファシリテーションでの運用をしているんです。
ファシリテーションについて詳しくは省くとして、指導ではなく、支援し、促進し、待って、共に在って、問いかけて、という方法を以てね。

僕はね、その話をとても嬉しく思ってしまったんです。
もちろん僕がそういったことに興味があってそんな場つくりをしている、というのもあるけれど、それだけじゃない、なにか別なエッセンスが働いているような気がしてね。

「何をどうやって」の、何を、はすでにたくさんあるんだけれど、どうやってそれをどうにかしていくか。

僕はね、「そうはいっても現実は違うよね」っていう言葉が嫌いで、でもそう言う人だって何が真意なのかはわかってる筈だと思うんです。実は。

その真意を追っているというのかなぁ。少なくとも僕は追いたい。

断片がたくさんでてきて、まとまらない。でもそのまま小松さんへお渡しします。

きっと僕の言いたいことを明文化してくれると思って。。

自然農の真意ってなんですか?
【関連する記事】
posted by dan komatsu at 21:26| パリ ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ダンさんへ

第一通

「面白い」という言葉を手探りに、絹糸のような釣り糸のような切れそうで切れない糸を辿っていくと、いつも最後は幕末の志士高杉晋作の残した「面白きこともなき世を 面白く」という句に導かれる。

つくば市にて運のめぐり合わせで遭遇した友人、ダンさんと話をするといつも、結局はいかに「面白く」生きるかということに行き着いてしまう。生活、仕事、余暇、つまりは生きることに時間を費やすことでしか人は生きることができないのであるが、その中身とはさて、という問いをいつも投げかけられるわけだ。

自然農を実践して、幾ばくかの収入を得て、なおかつ今後の暮らしをどうすればよいか、毎日を時計の振り子のように悩みと忘却で行ったり来たりしている自分にとって、高杉の句は、明確な答えを指し示している。面白さは、他人が決めることでも、世間が決めることでもなく、自分が決めることなのだと。

これから始まるらしい、ダンさんとの往復書簡のやり取りの中で一体何が生まれるか、何も生まれないか、何もわからないまま、バトンタッチをしてみたいと思います。まずはこんなスタートから。

スタートって、酔った勢いで始めるくらいがちょうどいいんですよね。この書簡みたいに。


草々

posted by dan komatsu at 20:10| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。